三重点

イメージ 1

 これも古い話になってしまった。
予備校というところで化学を教えるようになり、教科書を書く立場になってしまった。今まで使ってきた教科書よりも素晴らしいものを作れという教務サイドの強い要望を受けて、国内外の手に入る限りの高等学校、大学初年級の教科書を集めた。
 同時に他予備校の教科書、参考書も購入して、熟読した。

 老舗の某大予備校の教科書も手に入れた。なかなか意欲的な本で参考にはなったが、致命的なミスがあることに気が付いた。それは「三重点」の説明である。この三重点とは、気体、液体および固体が同時に存在する圧力、温度であり、その値は物質に固有な値である。

 例えば水では、610.6 Pa, 273.16 K(0.01 ℃)である。圧力は 6/1000 atm ほどであるから、大気圧に比べて極端に低い。これを実現しようと思うと、真空ポンプが必要である。水の入った容器を、ある程度冷やして減圧してやると、水の蒸発により温度が下がって結晶が析出し始める。ここで結晶が析出している間は三重点を保っているはずである。はたして温度が均一であるかどうかは微妙であるが、ほんのしばらくの間ではあるが三重点を観測することができるのだ。このように水の三重点は大気圧よりも低いところにあるので、我々が直接見るチャンスは少ない。

 その某予備校の教科書には、水の三重点は次のように容易に観察できると書いてあった。
「コップに水を入れ、氷の塊を入れてかき廻す。やがて氷と水とが平衡になる。そのコップを何かで蓋をする。すると、上の空間に水蒸気、下に水、氷の三態が共存するので、その時三重点になったと考えられる。」とあった。
 途中まではよいのだが、後半は間違いだ。この温度で水蒸気の分圧は小さく、6/1000 atmに近いだろうが、空気の圧力が約 100000 Pa もあるから、水や氷にはその圧力が掛かる。
 これも先回示した全圧、分圧の違いに気が付いていない例である。水蒸気圧のみに目が行ってしまい、空気を含めた全圧を忘れてしまっているのだ。

 この間違いはその後ずいぶん長く残っていた。こちらからわざわざ指摘することもないので、放置している。ひょっとしてまだ残っているかもしれない。

 
【余談】この三重点という概念は、生徒諸君には理解しがたい部分であるようで、よく質問を受ける。
「あの、先生、この『みえてん』のところが…」と来るのは、たいてい三重県出身者である。 

スポンサーサイト



センター試験のミス

 もう20年以上経ってしまったが、印象深い事件がある。

 予備校では共通一次、センター試験の当日、講師が集合して問題を検討する会議が開かれる。円卓に着き、待機していると、FAXで送られてきた問題がコピーされて配られる。
 それを解いて、間違いがないか調べる。発表されていない得点配分を決めたり、いわゆる「的中」の有無を調べるのだ。

 その年の問題は容易であったが、5分ほど見て、筆者にはひっかかるところがあった。熱化学方程式が並んでいるのだが、その中の水素の燃焼熱(水の生成熱)の値がおかしい。液体の水が生成する値を書くべきところに気体の水が生成するときの値が書いてあった。
 商売柄、ほとんどの定数(水の生成熱は定数ではないのだが、自然に頭に入っている)は覚えているのでピンときた。算出される答も普通の数字ではない。

 調べるとやはり間違っている。直ちに掛かりの人に伝えて、記者会見の場を設定した。新聞記者が集まったので始めようと思った瞬間、電話が鳴り、「入試センターがミスを発表しています。」と伝えてきた。
 せっかく新聞記者にも分かるように話をしようと、会見の中味を頭の中で組立て、やる気満々であったのに残念であった。

 ほとんどの記者が去った後、一人だけ残った記者が居た。「そうですよねぇ、先生。この問題おかしいです。水が蒸発するのは100℃なんだから、こんなことがあるわけないですよ。」と言う。

「それは新聞記者の癖ですか? 私はあなたの先生ではないのだから、そういう風に『先生』と呼ぶのはやめてください。」と言った。すると彼は、「いやお忘れかもしれませんが、私は先生の授業に出てました。」と言うではないか。
「それにしては出来がよくなさそうだ。水が100℃でなければ蒸発しないのかね。」
「ハイ、そうです。」
「それなら聞くが、君は洗濯物を干すのは乾燥機に入れてるの?」
「いや、窓の外にぶら下げています。」 
 どうやら、彼の下宿の窓の外は100℃を超えているらしい。彼は30分ほど頭を抱えていた。

 常温でもある程度の蒸気圧があるのだから、水は蒸発する。0℃以下でも蒸発(昇華)する。もちろん、温度が低いので蒸気圧は小さいが、多少の風があれば蒸気圧の低い空気が流れて来て、蒸発する。大気圧は掛かっているが、大半が窒素と酸素であり、大気中の水蒸気圧は小さい。
 全圧と分圧の区別が付いていないと、このようなミスを犯す。

 生成熱は25℃、大気圧下で単体から化合物 1 molが生成する反応で出入りするエネルギーを表す(標準生成熱という)。これは化学者の常識である。その条件下では、水は液体でなければない。
 この問題の作成者にはその常識が欠けていた。生成熱は単なる反応熱の一つだとしか認識していなかったのだろう。生成熱を決めることにより、膨大な数ある熱化学方程式の反応熱が、非常に簡単に算出され、資料作成、出版の手間が大きく削減されるのだが、その意義にも気が付いていなかったということになる。

 当時の高等学校の教科書ではエネルギ―の単位がkcalであって、kJでなかった。大学の教師もその数値になじみがなかったというのも、そのミスに気が付きにくかった原因の一つだろう。

 その年、化学の受験者には、全員に4点が与えられた。これは化学の最低点が零点ではなかった唯一の年である。 
  

プロフィール

7obac9z0f3sv

Author:7obac9z0f3sv
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR