冷感パッド

 数学のT先生から聞かれた。
「最近ホームセンターで売っているシーツの下に敷くと冷感を与えるパッドは何なんだ?本当に効き目があるのか、それとも涼しくなるような気がするのか?」と。

 現物は見ていないが、安く作らねばならないものなので、硫酸ナトリウム十水塩だろうと見当を付けた。もしその温度が32.4℃を保っているようなら間違いないだろうと思った。それを伝えると、早速お家で調べて来られて、「当たりでした。」とのことであった。

 この32.4℃は絶妙な温度で冬は温かく感じる。また、体温より微妙に低いので、夏にその上に寝ると冷たく感じる。実は家を建てるとき、この硫酸ナトリウムを入れたコンテナをたくさん床の中に埋没すると、安い深夜電力でそれを加熱し、無水塩の水溶液になった時に電力を遮断すれば、床を32.4℃に保つであろうと気が付いた。ある程度計算をすると、その量がかなりのもので床の厚さが極端に大きくなることがわかった。仕方なく、アルミナをたくさん含んだ煉瓦とコンクリートの30cmのスラブ(床版)で熱容量を大きくすることにした。筆者の住宅は断熱を極端に良くし、熱容量を大きくしているので、温度変化が少ない。たくさんお湯の入った魔法瓶のようなものである。

 極端な表現をすれば、硫酸ナトリウムのような態変化(変態)による熱の出入り(潜熱と言う)を用いれば、多少の熱の出入りがあっても温度を一定に保つことができる。
 家を建てるときにそのあたりのことを調査した。炭酸ナトリウム十水塩から水が9分子抜ける温度は、25℃である。これを壁に沿って大量に置けば、家の中は年間を通じて25℃になるということである。計算値は約150トンであった。これを置けば基礎が弱くて家は地面にめり込むであろうし、住む空間もなくなってしまうのでその時は諦めたが、再度考えてみたいアイデアである。

 さて、涼感パッドの話に戻るが、これは寝る前に32.4℃以下に十分長い時間保っておかねば何の意味もない。最近はエアコンがあるので、よく冷えた部屋に置いておけば十分に変態する。それを敷いて寝れば、寝つきの1時間くらいはややひんやりした感じがするだろうが、厚みが少ないので期待するほどの効果はないだろう。全面積を有効に使うためには寝がえりを打って、冷たいところを探さねばならないと思われる。
 厚みがつぶれるといけないので細かくセルに分かれているようだが、それが効果を損なっている。全体に亘って循環すればよいのだがそれではつぶれてしまう。これを克服しようと思うとかなり大掛かりな装置になってしまうで、それは非現実的だ。したがって、販売されている形態が、それなりに説得力のある形のようだ。

 説明書には、使用していると大きな結晶が析出してゴロゴロするようになった時の対処法があるのが面白い。一旦ぬるま湯に浸けて全て溶解させてから再結晶させると良いとある。おそらくこのあたりがこれを製品化する時の最も大きな困難であったろうと思う。ゲルを入れて、結晶を小さく保つ様にはしてあるようだ。

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ポリエチレンの紐

(承前)

お○の水女子大は、次年にこのような問題を出した。

「荷造り用のポリエチレン紐は引張りには強いが、容易に縦裂きにできるのはどうしてか。」

これも筆者が毎年話していることで、ポリエチレン膜を引張って(これを延伸という)分子間力によって結晶化させて紐を作る。でたらめに存在した高分子が引っ張られて整列するため、分子側面で分子間力の及ぶ範囲に近接して結晶化が起こる。
そうすると高分子間の「すべり」が起こらなくなり、紐の中のすべての高分子が固着したようになる。すると、さらに引張っても分子が滑り出さないから、紐としては適する。高分子を滑り出させようと思えば、ほとんどすべての分子間力を同時に切る必要があり、それには莫大なエネルギーが必要だろう。
一方、分子間力は分子側面に働いているので、縦裂きにする時にはその分子間力を一つずつ切るだけのことであり、容易に切り離せる。これは、ファスナーを開くのは容易だが、縦にずらすのはほとんど不可能であるのと類似している。

この問題も横浜、広島、名古屋の生徒だけが正解し他の生徒は全くできなかったという。担当教官はまたもや激怒し、講義中に筆者の名前を黒板に書いて罵ったそうだ。

これらの問題は「良い問題」である。知識をもとに推論するわけだから、科学的思考力の検証になる。筆者は講義で良い問題として褒めちぎって居るのだが、向こうは筆者を憎んでいるという非常に面白い構図になった。料簡の狭い人はいるものだ。

その後似たようなことが起こったが、それはまた書くことがあるだろう。

樟脳(ショウノウ)

 日本人が和服を着なくなってきたので、樟脳の販売額が大幅に減少している。樟脳という言葉を知らない人たちも多い。先日の講義で樟脳の話をしたら、ほとんどの生徒さんはあまりピンとこないようであった。無理もないだろう。ショウノウ・ボートと言うおもちゃを夜店で買って遊んだ人はもういないだろうから。
 樟脳は、クスノキの根などを砕いて水蒸気蒸留すると得られる融点が約180℃の結晶で、揮発性があり、芳香があって防虫剤として用いる。現在では、他の木材からのよく似た抽出物ピネンを変化させて得ているはずだ。

 近くのバス停の横の斜面にクスノキがあり、少し登れば手が届く。葉っぱを集めて教室に持って行き、生徒に配って指で揉ませた。教室中にさわやかな香りが広がり、生徒がどよめいた。樟脳の香りである。ある生徒さんは「おばあちゃんの箪笥の匂いだ。」と言った。その通りである。和服の保存用に用いる。

 15年ほど前のお○の水女子大の問題に次のような問題が出た。
「二種の防虫剤を箪笥に入れると融けて液状になり、衣服を汚す可能性がある。どうしてか。」

 樟脳はモル凝固点降下のきわめて大きな物質である。水なら1.86K、ベンゼンなら5.12Kであるが、樟脳では40.0Kである。これは昔から知られている有名な事実であって、大量に手に入る物質の中では最大のモル凝固点降下である。すなわち、これを用いれば凝固点降下により分子量を求めることが簡単である。水を用いたときより、はるかに降下度が大きいから高級な温度計でなくても温度差を調べやすいからである。この方法はドイツで見つけ出され、ドイツ人の名前が付いている方法であるが、もはやその方法で分子量を求める人はいない。

 さて、箪笥の中に二種類の防虫剤を入れるとどうなるかだが、もう見当はついたであろう。二つの物質が昇華し、相手の物質に滲み込む。するとモル凝固点降下の極端に大きな樟脳は、容易に常温でも液体になるであろう。そして衣服に滲みこんで大きなシミを付けることになるのだ。この話は毎年講義で話している。

 上記の入試問題の正答率は極端に低く、横浜、名古屋、広島出身の受験生のみが正答したそうだ。大学の教師は不思議そうにその学生たちに尋ねた。「君たちはどうしてこれを知っていたのか。」
 そこで、筆者の名前が名前が出たらしい。その頃、筆者はその3地区で講義をしていた。
 すると彼は激怒して、「予備校の講師などには打ち破れない問題を出したのに。」と言ったらしい。そのころ、その大学は生活の中の化学の問題を中心に出すという方針を立てたらしい。それこそ筆者の最も得意とするところだった。 (この項続く)

テレフタル酸

 テレフタル酸という物質は、最近の大学入試においてずいぶん出現頻度が高い。それはPET(ピー・イー・ティーと発音する)樹脂、繊維の原料として大量に製造消費されているからである。高純度のp-キシレンを酸化して作るプラントが世界中にある。

 さて、講義中に「なぜ『テレ』というか知ってる人がいるかな?」と水を向けると、「ハイッ」と手を挙げる生徒がいる。指名すると嬉しそうに答える。
「それは電話、望遠鏡、テレビのtelephone, telescope, television の"tele"です。パラ位にあって遠いから"テレ"というのです。」
「おや、誰に習ったのかな?」と聞くと高校の教師に習ったと言う。

 この答えは毎年聞いている。頭が痛い。テレフタル酸の綴りは "terephthalic acid"であって、
tele…ではない。どうして教える前に辞書くらい引かないのであろう。こういう教師はたまに居る。教えられる生徒はたまったものではない。

 化学の言葉は全て外来語である。もとの言葉がどんな綴りなのかくらい、知りたくなるのが普通だろう。発音まで調べよというのは多少無理かもしれないが、参考までにお知らせする。

 "phth"の発音は難しい。"f"と"th"の音を続けて出すことはできない。上下の歯に挟んだ下唇を抜きながら破裂音を出し、すかさず舌をその隙間に入れるという芸当は、かなり困難だ。下手をすると舌を噛む。
 学生時代、この発音をどうするのかは長らく悩んでいた。アメリカ帰りの先生方に聞いても御機嫌が悪くなるだけで、答えは得られなかった。
 その後、運良く留学の機会が訪れたので、早速現地で聞いてみた。何と"ph"の音はサイレントで発音しないのである。"psychology"をプシチョロジィとは発音しないのと同じである。だから、サリックアシッドに近い音になる。両手のない奇形児をたくさん作りだした医薬品サリドマイドはフタル酸アミドから得られるが、その綴りは、"ph"が無くなって、発音どおりになっている。商品名としては発音しにくいのを避けたのであろう。
 フェノールフタレイン phenolphthalein の発音も難しい。アクセントがどこに来るかが分かれば,自然にその音になる。

 さて、"tere"は何かということだが、これは意外と難しい。
 木材を蒸焼きにして炭を作るが、その時煙を冷やすと木酢液というものが得られる。文字どおり酸っぱいのだが、その中にこのテレフタル酸が多少入っている。木酢液の主たる成分はテルペンである。これは炭素数が5の倍数になる炭化水素の各種の重合体および酸化物の異性体群である。その綴りは"terpentine"であったり、"turbinth"であったりする。この言葉は英語にとっても外来語で、綴りは何通りかある。そういうわけで"tere"はこのあたりの言葉をひきずっているようだ。

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