少ない睡眠時間で生きる

 しばらく前、異常に忙しい時期があり、本当に寝る暇がなかった。ある時、REM睡眠というものを知って、応用したくなった。REMとはRapid Eye Movement の頭文字である。

 電車の中で寝ている人を観察しよう。まぶたの下で眼球が左右に早く動いているのを見ることがある。これがREMである。睡眠はREMとNon-REMが交互に来る。この眠りの深いNon-REMをどうやって効率的に望むときに持ってくるかが大事である。
 難しいことはさておき、私の実験で成功している方法をお知らせする。人によって差があるかもしれないが、工夫によって最適の方法を見つけ出して欲しい。

 まず、夜更かしをする。3時まで我慢して起きている。2時間経ったら起きる。ここが大事で、ほとんどの人はこれができない。
 5時に起きて、顔を洗って犬の散歩に行く。犬も迷惑そうである。10分ほど歩くと完全に覚醒する。起きてから15分以内にすべてのことを片づけるのがミソである。これが30分になるとうまくいかない。
 再度寝床に入って30分寝る。不思議なほど早く寝つける。30分後タイマーで起きる。その時の爽快な寝覚めは快感に近い。これで次の日まで眠気は感じない。

 その30分の間の眠りの深さは極端に深い。REMの後の深い30分の眠りさえあれば、それは1日分の眠りに相当する。2時間のREM睡眠はそれを引き出すための序章である。

 個人差があるのですべての人が成功するとは限らないが、やってみる価値はあるかもしれない。

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高血圧

 先日、15年ほど前の生徒が訪ねてきた。彼は関東で外科医をしている。興味深いことを言った。

「アメリカの黒人は高血圧の人が大半です。」
「それは人種の問題なのか、何かの淘汰があったのか。」と問うと、その答えは意外なものであった。

「アメリカの黒人は奴隷船で運ばれてきた人たちの子孫です。奴隷船の中はすさまじい環境で、ろくに水も与えられずに来たものですから、半分くらいが死んでしまったという話です。生き残った人たちは、水が少なくても生きていけた人たちです。」

 ここまで聞いて、ピンときた。要するに、低血圧の人は頻尿で、水を沢山飲まなければ生きていけない人であったというわけだ。
 確かにそれはある。私も大変な低血圧で、頻尿の部類に入る。水はたくさん飲む。

「低血圧の人は、山登りとかそういう事故に会う確率の高いことは避けるべきです。水が飲めなくて最初に死ぬ人はそういう人です。」
 筆者は山登りは好きではないので、その点は助かる。アメリカの砂漠の中の街に住んでいた時も、移動時には大量の水を車に積んで、2日分くらいの水をいつも用意していた。彼の話で、いくつかのことが、頭の中でつながった。

 高血圧の人は、治ることはないが、薬を飲んでいれば問題ない。いろいろな事故に遭遇した時、生き残れる確率が高いということは、大きなメリットかもしれない。

12浪の彼

 予備校の講師を始めた頃、彼と出会った。
「こんな面白い化学の授業は始めてです。10浪した甲斐がありました。」と言うので仰天した。「面白いだけではなく、その中に化学の蘊蓄があるのがいい。」と、いつも一番前で受けていた。
 京都大の医学部志望であった。その理由は仲のよくない兄が名古屋大の医学部に行っているので、その鼻を明かしたい一念であったという。聞けば、慶応とか東北大、鹿児島大その他のいくつかの医学部には合格したが、すぐ辞めたらしい。どうしても京大でなければと言う。その時点でフルタイムの浪人は8年目だと言った。実家は裕福で、働かなくても大丈夫らしい。こちらとしては、最も困るタイプの受験生だ。

 その年も京大しか受けないので、また落ちた。
 11年目の4月、最初の授業で、生徒が固くなっているせいか、冗談に対する応答が悪い。笑っていいものかどうか、迷っていたのだ。
 一番前の隅にいた彼がすっくと立ち上がり、「君たち、先生がこんなに面白い話をしてくださっているのに、笑わないというのは失礼じゃないか。ただ面白い話ならいくらでもある。化学の大切な知識を交えた冗談なんて、どこでも聞けると思うのは大間違いだぞ。僕が手を挙げたら笑うんだ。」と言った。

 こちらも二年目で慣れていなかったので、彼のスピーチには驚いた。しかし、その後の講義は彼の助けで、実に滑らかに運営できた。その年、彼はまたもや落ちた。

 12年目の秋、彼は神妙な顔をして現れた。「先生、もう、決めようと思います。名大に入ります。名大なら10年前に受かってましたがね。」
「どうしたのだい?京大めがけて邁進すると言っていたのに。」
「実は女の子を待たせているのです。いくらなんでも予備校生の身分で結婚はできません。」

 彼は名古屋大学に入り、結婚した。彼のその後の人生については、いずれ書くこともあるだろう。

続 教師の責任

 私が出会ったほとんど唯一の素晴らしい教師は、英語の教師であった。言葉の使い方の一つ一つに、実用的な知識がちりばめられていた。
 たとえば、"receive" と "accept"の違いは、「賄賂を受け取らない公務員の手紙」として、
I received the money yesterday, but I can't accept it.という例文を示した。
 私の英語の力の基礎はこの先生から戴いたものである。

 逆にとんでもない人もいた。「こんな言い回しは俺しか知らない。」というのが口癖で、誰が使うのかわからないような難解な英文を紹介して得意になっていたのだ。
 少なくとも言語であるから、使わなくなった言葉など知らなくてよいはずだ。英語は単なる通信手段であるから、通じればよいのであって、「由緒正しき電話機」など要らない。ちなみに、その言い廻しは、アメリカで聞いて歩いたが誰も知らなかった。

 化学は生きていくために必要な知識である。知らなくてもかろうじて生きていくことはできるが、それは周りのだれかがそれを理解してくれているおかげである。
 深く理解すればそれだけ豊かな生活が送れる。

 勉強すれば理解が深まり、その結果楽しい生活ができることが分かっていれば、勉強がいやというのは論理的に矛盾が生じることになるだろう。

 どうです?化学を勉強したくなってきませんか。

 所詮、よい教師はその教科を勉強したくさせるような人物でなければならない。細かい知識より、全体像を理解している教師こそが、よい教師であると思っている。
 

教師の責任

 勉強はつらいものだろうか。日本語の漢字は「強いて勉める」とあるので、修行の一種のような気がする。修行した人は偉い人だろうか。

 筆者は修行は嫌であった。すなわち勉強が嫌いで、好きなことだけしかしなかった。その一つには、あまり良い教師に恵まれなかったということもあるかもしれない。
 教師の責任は大きい。子供たちの頭の中にある何かを引き出さねばならない。よい教師に巡り合えた人たちは幸せである。

 数年前、近くの公立中学校の吹奏楽部がどういうわけか、全国優勝した。それまでは、別にどうと言うこともなかった学校である。新しい先生がやってきたのである。その顧問の教師の指導ぶりを近くで見ることがあった。素晴らしいの一言だ。何も強制せず、よいものを作り出そうという雰囲気を感じさせる。その先生のトランペットは決してうまいとは言えなかったが、生徒が自らやりたくなる様に導く力は素晴らしかった。
 それともう一つ、大事なことはその先生が本物を知っているということだ。たくさんの演奏を実際に聞き、うまい楽団は何が違うかを知っているのだ。

 その吹奏楽部は2年連続で全国優勝した。そしてその先生は転任していった。次の年は予選にも残れなかった。
 転任先の中学校は、2年目にして全国優勝した。

 このような教師を普通の給料で雇っていいものだろうか。10倍の給料を払ってもよい。あるいはもっと高くてもよい。単独の学校に居させるのではなく、たくさんの学校に指導に行かせるべきであろう。

 <この項続く>

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